フォトキューブ3D

chachaco

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       今までの記憶のかけらの残像です。    小さすぎる私の心のシャッターですが、、、。

cook

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1本まるごとchachaco大根

2014年7月15日 (火)

頑張る!


  『花燃ゆ』

  頑張るの見る! ( ^∀^)/~
  YouTubeインタビューとブログに記者会見。
  見たよ♪

2014年7月 9日 (水)

34歳におめでとう!

お誕生日おめでとうございます!

すこやかに怪我や病気もなく乗り越えた33歳に感謝です。

いつまでも皆の優香さんでありますように。

また、素敵なかたにめぐりあいがありますように。

頑張れ( ^∀^)/~

2014年6月30日 (月)

高台、いや、今日は別話し。


僕の故郷は松前街道の沿線にありました。
ですが、津軽半島です。
松前の蠣崎氏は海を渡り参勤交代に出ます。
津軽半島には当時の往来を体感できる街道の名残があります。
かつては、旅人を癒した松並木が残ってます。
松の木の樹齢は百年を優に越えています。
中には300年を過ぎた松の木の存在もあります。
あの松の木の勇姿をまた見てみたいとふと思いました。
何故だか僕は木を見るのが好きです。
津軽の山を埋め尽くすあすなろの木が大好きなんです。
小学生の時に先生が話してくれたあすなろの名前の由来が何時までたっても忘れられないのです。
そのお話の内容はですね、簡単に言いますとですが、人はいつになっても努力を、希望を忘れたり、
諦めてはいけません。
明日はもっと善いひとになろう。明日はもっと頑張ろう。
明日はもっと良いことがあるから、、、
もともとは檜の仲間なのですが、木としては貴重で価値が最たるものなのですよね。だから、同じ木でも価値がある、あすなろ。その、あすなろのようになりましょう。
、、、だった気がします。
明日はあすなろのように、いや、あすなろになりましょう。
そんな存在になってください。by 先生。
たまに、上野駅のホールで物産展に、檜のまな板や、枕の詰め物など販売しているんです。
あの、檜の香りは癒しの最たるものです。
育った町の駅前に製材所がありました。
そこは、とても広くて、僕ら子供の遊び場でした。
しかし、危険なので子供の遊びは禁じられていました。
ですが、製材所の社長の子供と遊ぶ場合は許されます。
あそこは、本当に特別な場所でして、丸裸にされた木の片隅には
剥がした木の皮が沢山あったり、加工した木から出たオガクズが山のように積もった場所があったりしました。空洞になった木の中で眠ったり、他愛ない話をして夕刻まで沢山遊びましたよ。

で、、、今すんでるアパートは今の経営者のお父さんが大工さんでした。
で、、、そのお父さんが自ら設計して、自ら建てたアパートなんです。
作りもしっかりしています。
先の震災にも耐えましたし、傷んだふしも見られません。
なので、まだまだ大丈夫です、変なマンションよりも丈夫ですし、また、二階なので直ぐに逃げれます。
このアパートもきっと木のいい香りがしたのだと思います。

大きな丸太の上を走り回る僕を想像をしてくださいましたか?(笑)
オガクズの上を転げ回る僕を想像をしてくださいましたか?(笑)

これからも仲良くしてください。

(* ̄∇ ̄)ノ

2014年6月 7日 (土)

チャーチ間に合わず。

帰りはエクセルシオールカフェで抹茶ラテ。
チャーチの二階にお邪魔しよかなとようすみたら皆降りてきた。
保育園もある静かな住宅街の4時でした。
お茶して帰ります!(笑)\(^_^)/

2014年1月16日 (木)

悪い虫が


 
未知なるははの、白い無垢な肌の上、

背中に巣食う、悪い虫を見つけた。

母はもがき、腕と手を添えて剥がしにかかる。

そこかしこに逃げ惑う虫親だ。

決死で息の根を止める。

すると、肌を食い破って、悪相をさらした。

僕に手出しするなと食いつきをだした。

僕はひるんだ。

まもれなかった。

恐ろしくて体が震えた。

夢うつつ覚めて尚、体が震えて止まらなかった。

虫親は自ら傷を塞いで、まるで、

深海にでも沈んでいくよに、

無垢な無垢な母の白い肌の中に消えた。

覚めて尚、体が震えたままだった。

母には、きっと悪い虫が着いている。

そして、助け出せなかった僕。

あのまま横たわったままの母。

悪い虫が着いている。

2014年1月15日 (水)

いろんな夢が続く今年も。

今日は寒く、千葉では雪も積もり、


季節は真冬なのだと思えば、


まだまだ1月であるのに驚いてます。 


そして、約1年ぶりにデンタルクリニックにかよいだした。


少し面倒だけど、毎週通います。


それにしてもお元気ですか。


風邪は大丈夫ですか?


ちゃこ。


2013年11月11日 (月)

バケレロバッカァ。

ノーラ。。。

猫の額ほどのベランダにいつの間にか本物の猫がやって来はじめたん。

アンズのお母さん猫だなっし~♪

野良猫の、、名前はまだないのだよ。。

野良猫だからノーラでいいかあっ。

招き猫になれますよに。

おまじないおまじない。

バケレロバッカァ、、

バケレロバッカァ。。

ンダビョン

ンダビョン

ンダァンダァ。

2013年11月 9日 (土)

ある日突然、秋なのに白いものが空から舞い降りてくる。
そんな光景暫く忘れていたから思い出せなかった。

その日をきっかけにやがて雪を降らす冬。

小さなささくれみたいな思いでも連れてくる。

そして、見慣れた松や杉などの針葉樹には冬が深まると雪が積る。

意気地無しな僕しかいない深い森。

夏が暑さで厳しいのは言うまでも無いことだけれど、いつだって真冬の寒さのことは知らない人には言葉で言い伝えるのは難しい。
自分の吐く息が白く見えて、手に吹くと温かい。

その厳寒の中で雲をぬって太陽が顔を出し、徐々に空に昇る時の楽しさや嬉しさも本当に言葉に、、。

一面見渡すと白い雪がキラキラと美しく輝きまばゆい。
それも冬だって景色の。
うん、そうだ。
少し思い出せた。
そうだね。

針葉樹からは風が強い嵐か、天気が丸一日、或は半日くらい雨が降らない限り、その雪は溶けないし落ちてこない。

そう、お天気が良くて暖かいからその枝葉に積もってた雪は気まぐれさを見せる。
葉の先で少しずつ雪が溶ける。
雫が太陽に照らされる。
キラキラキラ輝く。

チャンスとばかり静まりかえった森の中を忍び足で通りすぎる動物らを驚かす。ドサッ。て雪が。
その時、動物達は驚き目を丸くし木の上を見上げる。
ひょいっ。て、雪。
わあっ。て、、ふうぅ。
危なかった。

細い尾っぽ軽くはねあげ、すばしっこく冷たい雪の塊をよけた狐。
狩を終え、子育てに戻ろうと巣穴に入る瞬間あわてて足を止める黄金色のテン。まるで綿花見たいにまゆるく膨らんで可愛いそわそわシジュウカラは我慢出来ない。
少し瞑想中で驚いたのは、枯木の越冬中の幼虫。

だけど小鳥だけは楽しげな感じ。チョロチョロ止まり木をせわしなく変えて、落ちた雪の塊やまだ揺れている枝先を眺めている。

どうやら、みぞれの塊がバサッと落ちた辺りに天敵がいない。
それがわかるとシジュウカラはまっしぐらに舞い降りた。
どんな理由かわかる?

よく目を凝らして見ると、落ちた雪の中に山椒の粒見たいなのが混じっていた。
悪戯な雪は枝穂先にあった芽をもみちづれにして地面に落下したようだ。

一つチョン。二つチョン。仲間も沢山。
そっちもこっちも軽く飛びながらだ。
「食べていい?」
「いいよ」
するとシジュウカラは、尾っぽと首が折れ曲がるほど揺らして感情を表に出した。
夢中になって食べる。
時々、警戒怠らず
「美味しい!」って。

よく晴れて森が暖かく雨が雪にならない限り物語は始まらないけど。

どこかで鳥のさえずりが聞こえた。気のせい。
目をつむる。

あの部屋から見える老人が住んでいた赤い屋根の家の暖炉から出る煙は見えなかった。

また目をつむる。
 
昨年の秋頃に孤独死なのが偶然見つかった。
優しい老人を誰も気には止めなかった。
が、森の鹿は違ってた。
普段は人に用心深い鹿が老人の家の周りにいつくようになった。
老人は狩猟もしない。犬も飼っていない。その鹿にとって人の存在が絶対的に皆無になった。
そこに存在する人は既に気配を消していた。

そういう問題が世の中を駆け巡る事は少なくともあの町には無かった。

かわりに純朴で誠実だ。少しの礼儀と、ありしの日の故人を懐かしみ、またおのおのがささやかに弔う思いがある。それで十分なのだ。
暖炉に使う越冬に必要な薪を必死に作る毎日。

とてものんびりとはいかない。生死がある。

赤い屋根のある壁はだが褐色のままなのは、故人が冬を越さないで使い切らなかったせいだった。

薪の前を鹿が通りすぎる。気配は存在しない。

ときどき猟で狩った鹿の角を解体中に、あそこらへんから自慢気に見せた。

その親鹿の子供だろか。
お前にはもう父を殺したかたきはいない。

鹿はその場に立ち止まって、ひさしにかばわれながら、そこだけ雪を積もらせなかった地面に軽く鼻をぶつけた。
わずかばかり生えた黄緑の草を見つけて食んでいた。
生きて支えていた父はもういないのだ。
どんな道端の草でもあればそれを食んで生きていかなければならない。
誰だってそうだ。

小鳥のさえずりがまたどこかから聞こえた。

今日は通路には老人は寝ていなかった。

日比谷線や有楽町線が運ぶ会社員が周りを足早にすり抜けていた。

あの老人も誰かの父親なのだ。
僕も。
孤独死の老人も。
誰もみんなだ。

かれこれ30年も東京で暮らした。

むせるよな森の香りも匂いもしない、海の香りも匂いもしない。
すぐに帰っておいで。
僕を誰かよんでいた。
目をつむる。
はっとして僕は歩きだす。
僕を森と海のある故郷から引き離そうとする姿かたちのないものが無数にある。ずうと呼んでる。
ずうっとそうして今日まで心に響き渡ってた。
震えながらその声を聞いていた。
僕はまるで聞いたことのない鳥のさえずりの魔法になすすべをなくして東京で生きていた。

あ、父の命日が近い。
もうすぐ13日。

2013年10月22日 (火)

おとな

母ちゃん。
母ちゃんは、僕の年齢を知っているから、このブログ見てどんな風に思うかな。
ちゃこ。東京に来てから沢山の人に出会ったから、沢山の人の常識を見る機会があったのです。
政治家はいませんでしたが、当時、毎晩と言って良いほどお酒を頂戴し、あちらこちらに連れて行って下さった方らの中から、今の日本経済を牽引する大企業の社長になられた方たちが沢山います。お仕事が大変な忙しさにも関わらず、貴重なプライベート時間を旅行にこの僕を共にしてくださった事も沢山あります。旅行は旅費、素敵な宿にもです。チケットはもちろんスケジュールも面倒を見てくださった。「僕らがいまできることをバンビちゃん達にしているだけ。だから、バンビちゃんもそうして下さい」と、よく言われた。
仕事に優劣はなくどこまで仕事に対してベストを尽くすかが男としての価値が決まる。皆さんがそう言う方ばかり。深夜に仕事を終えて同席する場合でも、一目、僕の顔を見るなり言われた。バンビは今日は完全燃焼してこなかった。それじゃ駄目だよ。僕らはバンビのお仕事を馬鹿にはしていない。でもベストを尽くしてやりきった今日が無いのなら男として認められないからね。と言われた。
だからがむしゃらに、馬鹿になってくたくたに、へとへとに頑張った。
十年早いし、僕らと一緒に飲むのにはね。と言われた。だから毎日のお仕事には全力投球。それを毎日乗り越えへとへとで皆さんが待っている場所に出かけた。
とっても照れるんです。
全力を尽くした自分を見せるのは本当にです。
でも、皆さんが笑顔で迎え入れてくれましたよ。その場所は今でもあります。
その当時にお世話になった方のお嬢さんがいたり、相変わらず常連客として現役なんです。僕の結婚式にも来ていただいたし、今も変わらないのです。職業も肩書きも違う大人の世界であのように素晴らしい体験したのが僕には誉れです。
いつかあの場所で沢山お話をするのが僕の夢です。
お母さんのお話も聞きたいです。
昔には戻れませんが、昔に自分がいた場所に戻れることに感動するこの頃です。
僕、一応農家の者ですし以外に好きなのが、、

実るほどにこうべを垂れる稲穂かな。

玉磨かざれば光なし。

ときおそき違いはあれど貫かぬ ことなきものは誠なりけり。

全部妄想でしたが、、。
ごめんなさいね、
お母さん。
図体だけでかくて。
ごめんなさい。

2013年10月 3日 (木)

心にこだまする。

If I could.
バーバラ・ストライサンドが、、
レイチャールズも。
歌う。
素敵だ。
YouTubeで聴いてみてくださいね。


お誕生日おめでとう。
お母さん。
体調管理は大丈夫ですか?
お忙しいですか?