フォトキューブ3D

chachaco

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       今までの記憶のかけらの残像です。    小さすぎる私の心のシャッターですが、、、。

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2011年3月

2011年3月31日 (木)

かけがえのない小鹿のマイ・バンビ

今日は友達の引越しあんど退去日でした。

イタリアに出発する友は独身。

何事も一生懸命な方達は独身者が大勢です。

でも、彼は目の覚める様な美女が彼女がいます。

でも、少しも羨ましくないです。

PCでココログでもたついて、危うく大事な事を無くしかけた。

とぼとぼ歩いて団子坂をおります。下る。

名前に反して「お団子やさん」はありません。イタメシのお店がオープンするみたいだ。

森 鴎外さんも軍服姿でお馬さんに乗って坂を下ったんでしょうね。

昨日からPCのデスク・トップ画面を可愛い置物の写真にかえた。

どうやら僕は心をきめた。これまで泣き言を何かにつけ吐いてきました。

   「やっと見つけた。」

   出来る事と出来ない事がありました。

   ちょこまかと動くチャチャコ、、でも、固く信じていてくれてた。

   この小鹿のバンビはかわらず毎日僕を見てくれてた。

   僕も見続ける。

   結果はどうなるのかな?

   来年は12年に1度の良い運勢なのだと言われた。

   「じゃあ一緒にいれば365日楽しいのだ」

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2011年3月30日 (水)

「もし、今日が最後なら、、。」

           MARZO 、、、、Pasqua、、、、、、。mercoldi  ?

        「今日が最後になるかも、、、」

        「、、、、、。、、、、、、、。」             「えっ?」

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「3月30日 水曜日 11:41 AM  gatto、、CHACHACO」

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「3月30日 水曜日 12:56 PM  noioso、、CHACHACO」

FHOTO BY CHACHACO   13:12 PM

       「あいたかった、、、、。」

        「バシッ!」

       「あっ!」  「痛かったっ!」

     「とど~めえ~!」

     「ボゴzuット!」

     「うあわーーー!」

        「へっ!」

       「、、、、、、、、、、、。」 「、、、、、、、、、、、、。」

Softdrinks

FHOTO BY WAITROSE

      「明日も、、あしたも、、、。」

2011年3月29日 (火)

どんな~時だあってえ~♪そばにいるから~ぁ~♪パンパクっツクウ!

先週の何時か購入したバタールは今日でお仕舞だわんさ!

焼き表面の皮が柔らかくて好みではなかったけど、、。「ホット・ドッグ」向け!

明日からはどうしようか、、、。贅沢だわさ、、。でも、そこそこのエンジョイしてたのも、

事実、、皆も、、、。「突然の悲劇」

誰かの奥さんも言ってた話も理解できる。「毎日どこかで誰かが災難に逢ってた、、」

「まあ、、食べるもの無いと気持ちも萎える、、」

「お昼のメニュー!なあ~に?」はテンション違うけど楽しいつぶやきですので、、、。

「チーズ・トースト!貴方のひと工夫はなあ~に?」で出したいけど、、、。

「はあ~い!今日はチーズ・トーストでええぅつ!」「タルティーヌ・オ・フロマージュ」

「これも簡単!パンとチーズで、溶けるチーズともう1つ加えてコクを出す。」

ブルーチーズは癖があるけど、焼き物にしてあげると嫌な味わいも変化して、「サッパリ」。

プルス、ドライ・オレガノを少量振りかけて「農家の趣ある香り」に変化させる。

オレガノはチーズを素朴な「乳製品」に変えるのでえ~す!テンション高いね!

「準備できたぞっ!」

何となく趣味でEX・バージン・オリーブオイルを数滴たらしてますよん。

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FHOTO BY CHACHACO  12:13 PM、、、、

「で、焼きまあ~す!テンション?」 「いいじゃあ~ん!」

  お色直しのお姫様はハートに切りました。

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FHOTO BY CHACHAKO  12:20 PM、、、、

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2011年3月27日 (日)

花粉よりコーヒー。

外人の老夫婦と日本人のレデイが楽しそうに地震と原発を語ってた。明るい笑い声が、

店内に響く。響く。学生は黙々と勉強。勉強。

「そんなに可笑しい?かな、、、。」

日本人のレデイが帰ると、先程の老父がポツンとトークした。

「彼女は楽しそうだ。」「インデドゥ。」

若い娘も地震で部屋がそこそこ被害の事。

老夫婦はかなりの被害の事。

積み重ねた人生の様々な物品は重さが違う筈ですが、、、。その、、思い出と思い入れ。

先程の笑顔はなく無表情の2人、、。

「さ、行こうか?」「うん」

この老夫婦は何処に向かうのかな、、、。

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FHOTO BY CHACHACO   2:23PM、、、、

それでも、コーヒーは今日も飲める。でも、午後5:00で閉店だもの、、、。

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FHOTO BY CHACHACO     ??:??PM、、、

他店のスターバックスで頂いた「試飲品」は新商品のトリビュート・ブレンドは、

シアトルにスターバックス1号店オープンして、、、、、、。

「いただきま~す!」

「どもっ!」  「あっ!それ!おれのっ!」

「バシッ!」   「ウッ!」

「ごめんなさい、、、。」

「出演料のかわりっ!」

「あ~?はい。どうぞ。」

「あの?また、次回もお願いします。」    「じろっ」

「本人に聞いて見てっ!」

「ええっ。」

「さよなら!」

「ギイッチョン!ギイッチョン!ギイッチョン、、、。」

「ガアーガアーかよっ!」

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FHOTO BY CHACHACO   3:30 PM        END

朝食

「山崎のビッグ・メロンパンは何でこんなに大きいの?」

「ビッグだから、、。」

ポップコーンとコーヒー&メロンパン、、。

朝食、、、。朝食。

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FHOTO BY CHACHACO  12:08、、、、

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FHOTO BY CHACHACO  12:10、、、、

「伊豆のエイか、、、炙り焼きのエイヒレ、、」

「あるかな?」

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2011年3月25日 (金)

かたずけ、、断捨離を叫びながら、、友よ、さらば。

「いい天気だけどなあ~!」

長野は26日に変更された。友達が1人イタリア帰りのイケメンが合流して、お母さんも

合流する。僕は取止めた。「みずいらず」を邪魔しない。温泉は行けないが、9月に、

パルマに遊びに行く約束で満足する。しばらく逗留させてもらう。

そこで何が楽しみかというと、それは内緒です。

音楽関係は今の日本では「共通」の問題で影を落としてる。

大きなコンサートは沢山の関係者の関わる問題だけに、取止めにはならないけど、

それより小規模なコンサートは中止や開催の危機になってる状況だそうだ。

彼の部屋に溢れ返ってた音楽関係の物品は整理され、ようやく昔話で笑える感じに、、。

イタリアのパルマに2年間の滞在ですが、その総てを持っていくことは出来ない。

「断捨離」だあ~!3人で叫びながら始末した。

しかし、その中には興味のある物が沢山あって、もう1人の友達と物色し放題?かな、、。

「美味い、へへへ、パンとブルーチーズの晩飯を食べながらの作業です!」

「新わかるドイツ語は頂です!」息子がドイツを勉強してるので暇つぶし用です!

「オペラをつくる」はご存知、武満 徹、大江健三郎の共著、何度も制作の大変さを、

裏舞台の大変さを聞いてますが、コレで少しお勉強の第1ッ歩にしなくちゃ。

「フランコ・コレッリ」の没後1周年記念。メモリアル・コンサートのパンフは7年前の

ものです。

今日の整理は「アイーダ」を3人で聞きながらの掃除でした。

ここでも、第1幕が「アイーダ」ではじまる、、、。

あはっ!ちゃっかり「アイーダ」の初演ポスターを使った「アイーダ・カレンダー」を!

頂きました!イタリア語で1月から12月までの、、「ちょっと、パンが切れた、、」

「もう少し食べよう。」

40センチ×30センチくらいです。そこには、しっかり「ベルデイ」の名前があって。

「チョー!ラッキー!」です!  で、ここにはありませんが!「ベルデイ」のトルソも頂き、

「保管」を約束してます!

「2004」年、声楽科のオペラ・ガラコンサートのパンフ、、、「実行委員長」の彼の雄姿が

まだアドケナイ頃ですね、、。「ラファエロ」の絵葉書2枚です。

「断捨離」は是非!友達を囲んでやりましょう!

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FHOTO BY CHACHACO

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それと、今年の「YAMAHA」のカレンダーを貰っちゃった!前はタダでしたが、今は、

売りつけてる。でも、素敵ですね、高いから買ったことないからね、、「どうも、ありがとう!」

「ベルデイ、アイーダの初演のポスターを使ったカレンダーは左の丸い円盤をくるくる、回し

て月や日の変更をする。「ありがとう!」カレンダーも!

Bbba_004

そして、、渋いツイードのダブルのジャケット、「ROMEO GIGLI」!

シルクのシャツは薔薇の花柄の素敵なものです。部屋の飾りですかね、、当分は!

でも9月の御訪問には持っていく予定です。

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2011年3月23日 (水)

ドイヒー!

酷い!

Mさんのつぶやき!

「そんなにほしいのなら、ほら★いいね!!!」

あろうことか!「しばわんこ」の代表だよ!「ドイヒー!!!」

もっと酷いのはCさん!

しっぽをふりふりしてるぞっ!ちゅう~の!「はあ~溜息」

美味しそうなバナナの画像をどうぞ。

Fruitveg_bananas

MIKI !MIKI !味輝のフランスパン!

宅配でえ~す!」 コメを書いてたら宅配業者が来た。忘れてた、、、。

  ちゃちゃこは非常食でパンが食べれないと困るから、、、(←馬鹿かあ?)

とあるパン屋さんのフランスパン・バタールを7本購入した。箱に新聞紙でかぶせた、

美味しくもまずくも無いパンでした。

国内産小麦粉、天然酵母(米、米糀)水飴、国内産グルテン粉、食塩(シママース)

このパンは正直なパンです。感想はない。

店主のメッセージも売り文句も何も無い、、、。贅沢かな?望むのは、、、。

きれいな水はよりよい健康のもと」の文句が袋に記載されてる。でも、関しての

言葉は掲載はない。

  感想は書けない。まっさらな味わい、、。

  シンプルです。

Bbb

FHOTO BY CHACHACO

  で、終わるはずだった。地震でパンが食べれないと困るからネットで試しに購入、、、。

冷凍庫に何本かと手元に2本を残して、、、「あれ?」何か出てきた、、、。

請求書とお店のパンフとショップ・カードが出て来た。

「あ~?えっ!」           「MIKI」だって?  「ぎょっ!」

    「いけん、怖い!」             「急いで編集しなおしだっ!」

昨晩に悲しい彼女のコメントで途切れたままですからね、、、。複雑。

気にしなくて良いのに。コメ入れたチャチャコが悪いのにね!

なんでも書いちゃうチャチャコが悪い。

「次の様な文面でした!お詫びします!」

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2011年3月19日 (土)

イギリスの2人は恋人、、、。そして結婚。

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今日はほんの少し肩の荷が下りた感じでした。

今まで何度か書いては消してた事をブログに載せたからです。

人はどうしてこうなるのか?もうかれこれ30年程時間が経過してますが、、、、。

毎日新聞テレビで報じられる犯罪の加害者や被害者の事が気になる。

事故、自然災害、事件、必ず不幸な話題にのみに、つき動かされる衝動、、。

少しでも災いから身を守るためにできる事をつぶやきたかったのです。

余談ですが、歌舞伎のプリンスは父親とお嫁さんの犠牲になりました。

もう一人の歌舞伎役者も適齢でした。今度はイギリスのプリンスとお嫁さんも適齢の

組み合わせです。2人の将来はどうなるのでしょうか、、、。

管内閣も官房長官と、お辞めになった幹事長も適齢でした。

でも、いざとなると忘れるのが人間ですよね、、。

でも、家族の誰かが不幸になる事を見逃してはいけません。

きっと、心あたりがあるはずです。

守ってあげましょう。見た目は変わらなくても変化してるはずです。

守ってあげましょう。

そして、大事な相手を静かな心で見つめましょう。

お役に立つでしょうか、、、。

「災いをはねのけろ!」どうか身を守って下さい!

これから書き記すことは私の愚論かも分かりませんが参考になれば幸いです。

お役に立てば嬉しいのですが、これを秘匿している方達も考えて下さい。

人間は何故存在するのでしょうか?今回の震災がなければこのこともお話をしてないのかも

しりません。私のわがままでもあり、将来への希望にお役立ち出来れば嬉しいです。

成り立ちや、いきさつは大変長くなります。簡単につまらなく書きますので参考にして下さい。

    10場の法則(仮題)

私達は普段、日頃に何かと年齢を気にかけます。何故ですか?相手に失礼と気が

付いてるのに聞いてしまいます。それは決して礼儀作法でもコミニュケーションでも

ないはずです。長い間に隠匿された年齢と言う数字に大事なメッセージがある事に

気が付きながらも釈然としないのはそのせいです。

私達は年齢ごとに禍がある事を気に留めます。各種の占いも「ある年齢に達する」

ことが前提でその時の状況や運勢を相手に告げることから始まります。「将来、、23歳で、」

などと言います。ここで言わなくてはいけないので言いますが、もし、これを読んで、俄然、

このつぶやきに異論や反論が出ることもありえますが、そんな暇があったら、無料で援けて

挙げて下さい。困ってる人達を。

   本題

私達は100年の人生がどうやら限界みたいです。長寿でそれを超える方もいますが。

幸福と不幸が私達に関わる最大の因果ですが、これにより左右される事は承知です。

この人生100年を私達の体の運命として、その不幸にまつわる出来事が10回程巡る

事があります。それは個人によって1度あったり、3度あったり、まったくない方もいます。

そして、厄介なのは、この後にいいますが、その適齢にならなくても、同じ空間、現場、

あるいはその適齢当事者によって被ることがあるから大変です。

人生を100歳と見た場合に10回訪れる年齢が問題です。

A それは、10歳、19歳 28歳 37歳 46歳 55歳 64歳 73歳 82歳 91歳

これは、分解が必要です。各、年齢の一桁と二桁の合計が10とします。定める。

10歳は1+0=10とします。19歳は1+9=で10、 28歳は2+8=で10です。この様に

足して10の数字になる適齢に様々な出来事があります。みずから進んでこの適齢に

行事を組んだり、自然に移動されたり、出会ったり、事故、瀕死、事件、などなど。

もちろん病気、破談、わかれ、不幸な結婚へのチャレンジ、、、。

次に、

そして上記の遡る4年前の年齢に因果の基となる事象が芽吹くのです。

B それは、6歳 15歳 24歳 33歳 42歳 51歳 60歳 69歳 78歳87歳です。

これはある事がきっかけで最近わかりました。

私達は時間で言うと4と言う数字に誤魔化されてます。4つ分誤差がある。

Bのそれぞれは、6歳は6、15歳は、1+5で=6、24歳は、2+4で=6、33歳は3+3=6

これは全て6の数字の運命です。これらも上記の様な運命があります。

Aの結果論で最悪の出来事、事象が起こるのですが、大抵はBの頃に良くない事が

発芽してるので気をつけます。健康の阻害である病気の発症や、人間関係の阻害要因、

ビジネスの妨げになる人間の出現や恋愛関係の芽吹き、同居家族の異変など。

これだけです。

例えば、車に4人の人間が同乗してるとして、この中の誰かが10の合計数字に遭遇して

ると、事故にあって最悪になります。当事者が最悪に陥る事はもちろん、当人の代わりに

同乗してた、まったく関係の無い適齢で無い人が犠牲にもなります。

まったく関係の無い年齢でも、「ひきおこす」人間、つまり、適齢の人間の禍に被害を

受けることもあります。

ではどうすれば?いいのでしょうか?常日頃に私達は「厄年」を気にしてますが、出来れば

この上記の数字の「適齢の年齢」も御注意して頂ければいいと思います。

「祓って終わり」ではなくて、こんな「他力本願」ではなくて、日々、活動するにあたって、

毎朝、毎夕に自分で「禍い」を「はらう」事がお勧めです。

文句は何でもいいでしょう。「ふざけんな!」「近寄るな!」「お守りください」等々。

「何故10なのか?」

日本ではお墓に「その証」として墓石の影でひっそりとたたずむ卒塔婆に意味があります。

この「卒塔婆」の塔婆に10の場が「とうば」がある。その原因による出来事で「塔婆」がた

つんです。最悪の事象です。墓場に「塔婆」が立つ意味はおわかり頂けますか?

西洋ではこの様な見解は無いとおもいますが、「おおかた」墓所には十字架が立ってま

す。クロスは10の大証で「大事な結果」が墓所に十字架が立つことになります。

余談

現在の12ヶ月を1年と誰が決めたのでしょうか?

ローマ時代の先人は「10ヶ月」を1年としてました。「真実」の求道者、偉人、、

世界が明治ころカレンダーの統一を提起した際にアメリカを含むヨーロッパは何故か、

1年を13ヶ月にする案で決まりかかった。「何故?」最も忌み嫌う数字の「13」を

「1年」としようとしたのか?

日本も同じく「1年を13ヶ月案」で決めてました。が、、、土壇場で「1年12ヶ月」に。

私達は本来は「10」の数字に基本があるはずです。その結果、「余分」な「余り2」が

弊害で影響してます。

人間の森羅万象の中での生命は「体内での10ヶ月」を生活します。その他様々な隠語

もあります。時間や月日にも影響します。

で、「6」の数字については複雑です。

結果的に禍は遡ると4年前に起因するんです。

その年は「お気をつけて!」   としか言えません。           難しい。

ただ、勉強不足ですが、私にはここで伝える「10」にマツ

ワル注意点だけ伝えれば幸いです。

ただ、この事に最も詳しい方達が存在するのに沈黙する理由がわかりません。

何故ですか?それさえも「自然淘汰」「運命」「適用外事例」なのですか?

良く分かりません。

コメントは非公開にします。

でも、「気をつけると役にたちます」

この「適齢」で難儀してる事象が日々、、

新聞やテレビで確認される事が無くなる事を祈って。

文が理解できない事をお詫びします。力不足と傲慢をお詫びします。

このような時期に書くべき事では無いと思いますが、「あらゆる災い」を跳ね除けて

欲しかったのでつぶやいて見ました。

ちゃちゃこ。

2011年3月17日 (木)

何もできない。でも子供といっしょ。

子供の寝顔を毎日みれる幸せがありがたいです。

いつか出会う今回の被災された方達に対して、、。

   なにが?出来るの?、

寝顔を見ながら日々過ごしてます。

   かんがえてます。

 きっと、皆サンも考えてますから、、、。

2011年3月16日 (水)

子供にワカメサラダ! ヨウ素!摂取!

国民保護法に基ずく国民の保護に関する基本方針、、

「都道府県知事が安定ヨウ素剤の服用時期の指示をしめす」

都が、石原が、管が無策です。福島岩手はどうなる?子供たちは?

今日はワカメを食っておく。子供に食べさす。今からワカメを買う。

ワカメで何とかなるか?16:56元妻の自宅に向かう。

17;56帰宅 大手も品物なし。買占め、、。

殆どありませんでした。

2011年3月15日 (火)

炊飯1升。

炊飯は日常は1日で2合です。1週間に3回です。パン食です。

臆病な自分は、念のために大きい炊飯器をだした。

今日は1升炊飯した。おにぎりか?冷凍か?

  9:57。

2011年3月14日 (月)

食料の確保!さあ、どうする?そのとき!「これしかない。」

買いだめしてた野菜を保存食にまわす。キュウリとにんじんとセロリをピクルスにした。

簡単に作る。面倒。時間がない。既製品のピクルスを食べた後のマリネ液は捨てないで

冷凍してあった。断捨離してない沢山の空き瓶に加熱してどんどんとカット野菜を詰める。

あらたにレモンとベイリーフとスパイスを加える。

鶏肉もスパイスをいれて加熱した。残りのニンジンも加熱してグラセにした。

でも、これしかない、、。エスプレッソマシンも大破。部屋も全部スッピンにした。

割れ物も撤去。もともと、断捨離して独りになったんだからね。

最悪食べるものも準備できた。「まだまだ、甘いよ東京人」囁く声が聞こえる。

用心ですよ。

報道

    「謎解きなのかしら、、、。」

そう考えると心当たりがあった。僕は当時19歳で西麻布のイタリア料理店

にいた。六本木も西麻布も静かな住宅地でした。確かに繁華街はあったも

のの、寂しく何の変哲もない地域でした。僕は休憩時間に店舗の横にあっ

た喫茶店「***」と言うコーヒーが大変美味しい店で過ごしてた。

そこには、綺麗で気さくな「お**さん」と言われて愛されてる女性の方がい

ました。

私の様な田舎ものにも良くしてくれてた。それから現在までの25年ほどは、

私の気ままな訪問にも優しく接してくれました。ずうずうしく常連面もしまし

た。未成年の僕はここで、今までに体験のしたことのない世界を知る事にな

る。当時のこの素敵な場所には実に様々の職業の方達が集っていました。

俗に「**Aどおり」と呼ばれてテレビ局の社員の方達が休憩のため訪れて

いました。大勢です。ここの店主さんは、田舎者の私に多くの御店の常連の

方達を紹介してくれた。

「紹介」といっても、この店主さんの心配りの賜物であったので「私」を紹介さ

れた相手側の方々は迷惑を感じたと思います。そして、その「**A」の社

員の方たちは本当に素敵な個性を持たれた方が沢山いたのです。

当時、この局は「ニュース**-***」を立ち上げる直前だったようです。

A.Yさんや。K.Hさんがメインパーソナリテーで司会をすると言う事で、世

間は大変な興味をもってテレビに釘付けにされるんです。その後、、、。

今もテレビで解説をするKさんは僕と同じ青森の出身の方でした。

何度かここで顔を逢わせても、このママさんの

「あれ?Kさん?バンビ君を紹介したっけ?」

なんて感じでした。そして、ある日、、、

夕方にその「れいの」でお茶をしてると物静かなロマンスグレーの眼鏡をか

けた紳士の方が入ってきた。例によって、ママさんの(独身ですがお子さん

は2人いた)明るい接客で、、。

「あっ!T****Eさん!珍しいわねっ!こんな時間に!」と声をかけてた。

クーラー前の常連客の人しか座れない端っこに腰を落として着席した。この

席には特別な意味があって新米の私には恐れ多い席だった。何度かこの

「席」に着席する数人の紳士の方たちの素性を知って驚くのですが、、、。

この方は当時の「***の****」をされてた。

 「あれ?Tさん!バンビ君知ってる?」

見たいな紹介から始まりました。

ある日に僕がこの「K」さんとお話してて、僕が読んでる小説に興味をもたれ

たみたいで、若造の僕に「何を読んでるの?」と質問された。僕は侍もので

す。と答えた。柴田錬三郎だったと思う。いや、藤沢周平かな?

すると「じゃあ、今度、いいのがあるから貸し手あげるよ、持ってくるから!」

と細い目をさらに細くしてキラリと笑って見せた。照れてる。僕は其れまでの

多くの大人の方たちに出会ってはいたが、この「れいの」に集う方たちは特

別で、本当に素敵な方が沢山いました。

その日々の中で、報道に携わる者のあり方をこの若造にもきちんと話してく

れた。その意味は絶えず「命がけ」で報道を考えて正面から立ち向かう「ジ

ャーナリスト」とはなんぜよ?であって、その方の部下の方達が絶えず論争

をされてたんです。

それは上司の人達が居てもいなくても行われてた。時には熱く論争論破で

あり、その人の哲学だったりしてたのですが、私には皆目検討の付かない

世界の話ばかりです。

あの方達の「お酒」の嗜み方を見せてもらった気がします。

修行僧のように、報道に身を没入する日々、、。

仕事後の飲食もけたはずれ。それでいて後輩思い。

おいしい飲食店に沢山連れて行ってくれた。毎夜遅い帰宅でしょうし、それ

ぞれの家庭の実情はいかんともし難いものでは、、、。こんな僕なの

に、、、。男にとって仕事とは?

失礼な言い方ですが、そこには「男」としての現実が存在してました。

歴史上の人物、特に戦国時代の人物像に憧れとを抱いてた私は、この「K

さん」に野武士」の様な、いやもっと上の戦国大名の印象を感じてました。

そんなある日の事、店主のママさんがこんな事を言い出した、、。

「あのね?Tさんが、バンビ君と御飯をね、」

「一緒になんて言ってるんだけど、、、。」

それを聞いた僕は「えっ?」 驚嘆です。

「***の***長」の「T」さんが?「うそでしょう?」「ううん。」

「教えて下さいって!」

「何を?」「いつがいいか。」、、、。

「T」さんは、約束どおりに歴史小説を持って来て下さった。

ただ、その「小説」は僕の手には不釣合いの物だった。ハードカバーのあき

らかに「全集物」だった。

「本当にいいんですか?」この阿呆丸出しの馬鹿台詞しか言えない若造

に、、、。

僕は自分のコンプレックスが「父親像」にあると考えていた。このブログで書

いた幼少期の思い出に「川で溺れかけた私を救った父が亡くなった話」は

事実と違う。助かった。

その時に「素直な自分」の心で瀕死の父に捧げた思いです。

「溺れた」は事実だが、実際の父は10数年前に肺癌で亡くなってる。

その「父親」には色んな感情があったが、「憧れの父」が1番適切で素直な

感情です。で、父以外に実に素晴らしい方達に出会いました。で、最たる人

です。

恐ろしく物静かで、かつ、笑顔が素敵な紳士、でも、時々は闊達にジョークを

いって笑い飛ばす素敵な「T]さん、、。「えっ?そういえば、、、。」

「うちの娘のMは、Mは性格が男みたいで!」なんて笑ってた気がする。

、、、笑ってた気がする、、。「きのせい?」   まさか?

その「T」さんの書棚には1冊抜けてる筈です、、。今も、、、、。

その後、数年ぶりで、「T」さんにお会いした時に「返却」してない事を伝えて

お詫びをしました。で「ああ?そうだっけ?」「あげるよ!」でも、悲しい目をし

てた。本当に、、

もし、僕の好きな「M」さんが?その方の娘さん?かも?「ええ?まさか?」

で、ここで、昔話を吐露して反応を見てみたい気がしたんです。

それは、「父の職業」を察せれたつぶやきでしたから、、、。

でも世間は狭いしな、、、。

当時の**「A」通りから近くの「明治屋」さんの裏にあるレストランで2人仲

良く食べたのが「T」さんの大好きなハンバーグでした。

「僕はハンバーグが大好きなんだ!」

「バンビ君と食べたかったんだ!」

笑顔ではにかむ細い目が眼鏡にあってました。

嗚呼!あの時に発奮して叫んだ人生は何処にいったのか?

「僕もこんな大人になりたい!」あの志は何処に置き忘れたのかなあ?

連夜の夜回り、、、。酒で体を壊しながら語る男たち、、、。奮起と絶望、、、

限界。

どんなに世の中が変わろうとも姿を変えない「真実」がある。

「どんな時も、どんな事に対しても命がけで進むべき、男ならば、、。」

「そうですよね!Tさん!」

「また、喫茶店にいきます。」

「出来ればもう1回ハンバーグご馳走して下さい!」

「貴女はハンバーグ作れますか?」

「ああ!なるほどっ。」      では、、。「いただきますっ!」

「Tさん!素敵なお嬢さんですねっ!」

「バシっ!」

「まさかね、、、。」

「まさか、、。」

これで、2人の「M」さんが登場したんだ、、、。

トラウマです。あと1人の「M」さんがいる。

「慶応のMさん」、、、。

2011年3月13日 (日)

だいじょうぶですか。

家族はおびえてます。かわいそうです。今日はどうなるんですか。

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2011年3月12日 (土)

恐ろしい。

震災だ。部屋はめちゃくちゃ。でも他の人にくらべたら問題なし。

元妻も子供も3人で休日すごして被災した。マンションに心配でいきました。すると3人で

帰宅にばったり!池袋で被災したとの事です。

11Fの部屋に久しぶりで訪問した。かわらず同じ部屋です。東京タワーが怪しく光る、、。

「おわあっ?」又揺れた!

本郷台地を見ると静まり返ってる。

富士山方向を見る。

しばらくここで暮らす。朝に掃除しに帰る。急いでシャワーを浴びて戻ります。

どうか、みなさん!ご無事で!お祈りします!どうか!どうか!

神様!

ちゃあちゃこは無事ですが、、。

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2011年3月11日 (金)

「仕事中毒者。寒い寒い日曜日のオフィスにて」を再度、読んだ。

カフェをしてた頃はそこそこワインも飲みました。試飲会も沢山お邪魔して酔っ払ってた。

でも、ワインの内容はどうかと言いますと、もっぱら安くて品質の良いものを限定でおい

た。僕のレベルで高級品は置けません。料理自体も高くなくてリーズナブルな品物でした。

実は27歳でフランス3星のシェフと御家族の歓迎会晩餐をすることになりました。

僕はイタリアンでしたけど、わざわざニューヨークでの就職を蹴っての勤務でしたか

ら、、、。まあ、緊張はするわけです。なんせ本家にクソ生意気な日本人が料理を作り歓迎

だなんて。

まあ、基本はあるけど料理のルーツは日本料理とイタリア人から教わったクラシカル料

理のみです。 さんざん打ち合わせして決めた1人に使える金額は4,500円です。「え?」驚

愕です。 自前のレストランがあるのに?「、、、、、、、」 理解不能です。

しかし、数日後さらに驚かせられる事実が判明した。上司が言う内容は、、、

その部長がこう言い放った。

「ワインはそのブランド(3星レストランの自前ブランド)にする。」

                「いくらですか?」

「予算4500円の3000円をワインにあてる。ワイン代を1人3000円!」

すると、、、材料費は1人頭1500円だ。そうだね。25人かける1500円は、、、37500円。

  冷凍使え?なのかね?1500かける3として(え?俺何考えてるの?利益出すつもり?)

  いやいや、そうでなくて料理の風景を見てるんだよね、、。約5000円の料理かあ?

  3星シェフに5000円コースの依頼かァ?新興企業はこれだから怖い。

  この嘘みたいな話は私の周りの仲間内からも同情されたみたいで「大変ねえ!」の

言葉ばかりでした、、、。

   普段はお酒と食べ物に遠慮を許さない許容範囲の馬鹿でかい方ばかりで至極ごもっと

   もな感想を頂戴するばかりの連続でした。

   そんな中、ここのサロンのメンバーの男性陣が構成する「風紀取締り委員会」の

メンバーが出張中のフランスから手紙をわざわざ送ってくれた。アドバイスでした。

   この方は某***菱の最年少課長就任をされた方でフランスの衛星産業を支える企業と

  日本での宇宙衛星通信企業の設立に日夜奔走してたのだ、、、。

  一方の私は「風俗愛好委員会」のメンバーで、この「風俗、、、」への傾倒を阻止するべく

  日夜にわたり、監視してたのが上記の「風紀取締り、、、会」なのだ。

  「彼女は仕事の二の次だあ!いらんおらん!必要なし!」が基礎。でも、ソノクセご本人

   達は身の毛も立つような美人な方をお連れしてた。そりゃあそうだわ!仕事出来る男を

   その手の方達が見逃す理由はないもんねえ!まっこと恐ろしか事でごわんす。

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  「仕事中毒者    氏名 」  寒い日曜日のオフィスにて。

  「フランス女性はおしゃれを自分で料理する。」の見出しはヴォーグ社日本担当編集者、

   松本弘子さんのコラムからです。

   赤線の文筆はサイドの空間にこんな書き込みをしてくれてる。

   「どうすれば喜んでもらえるか?」

   「答えは何通りもあると思いますが、1週間の時間内で

いまの自分にとってのベストを尽くすことこそ大事だと思います。」  、、、。

「家族の心に伝わるのです。ガンバッテ下さい。」            

「 kokoro  」  を思い出すこの幾日かの出来事、、、。

  こんなちゃちゃこが、何度も、何度もくじけて折れて泣いて頑張って来た理由はこの文面

  にある。当時、学歴や企業の名門なんか関係ないよと叫んでた面々、、、。

  とにかく、全力でその日を頑張る事だけが望まれたんだ、、、。

  「あれ?今日はちゃんと仕事したあ?」 

    「帰ってやすみなよ、」

男には厳しいのだ、、。その連続の毎日でした。当たり前です。

  で、「ろん」さん、、。

  ちゃちゃこは、飲むワインはスーパー「三徳」の3本1000円のワインです。

  VINO DA TAVOLA です。木箱は退院祝いで頂いたワイン。で印象に残ってたから

  先日の日曜日に丸の内の「エノテカ」で箱だけ頂いたものです。

この箱に本来のワインボトルを詰めれれば幸い、、。「がんばれるかなあ?」

  少しだけど沸いてきた感じです。それと元気な頃の就活結果の記憶の1枚です。

  無謀にも拘らず受けたイギリス大使館の採用結果の通知です。   

  もちろん「不採用」です。

               FHOTO BY CHACHACO

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2011年3月10日 (木)

「あのこ」と「こころ」どっちがお大事ですか?ちゃちゃこさん!え?

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  東京・下馬にあるブーランジェリーの「シニフィアン・シニフィエ」が

  新宿伊勢丹の催事で食品売り場に特設され、美味しそうな商品をガラス・ケースに

   陳列販売してます。美味しいパンもチーズと食べるとより一層に美味くなります。

             さてさて次はワイン?でしょうか?でも3本1000円のワインです。

                    で、カンパーニュ・ブレッドは?買った?

                               「ああ?忘れたっ!」

  同じフロアにあるRF1系の「be  Organic」の女性店員に声を

  かけて楽しく勝手にお話してたら忘れてしまってた。

  向かいのMARUIの2F「スターバックス」で買い物レシート整理してて気がついた。

  「あ?、、いいや、ル・プチメックでいい!」

  先ほどの「be 、、、」は売り場の担当者でレベルがガタ落ちするのだ、時々、、。

  で、この女性は久しぶりに担当してるので、商品がどれも美味しそうに見える。

  また、この女性の容姿もすこぶる評判が良さそうに思います。

  ぬけぬけと、「見かけたから来ました。です!」 なんて、、。実はこの会社は関西の

  神戸が本社です。東京進出は近くの新宿***百貨店のフランス3星の代理店での

  スタートです。ここの女性店員で主にデリカ製品を販売してた人がいました。

  とってもキュートでハキハキと仕事をしてました。でも、別館***のそのショップでは

  時々。目を赤くはらして作業してました。あきらかに「泣いた」お顔でした。開店してるのに

  陳列も半分位しか進んでません。本当に可愛いお顔で呟いていました。

  「ミキは悪くないもん。ミキのせいじゃないもん。」でも、、「手」は作業を進めてます。

  とっても努力家で明るく一本気な性格、、。時々は泣き虫。

                                               「あのこ」元気かな?

  どこかのEATALYでゴルゴンゾーラチーズを2種類と、モルタデッラをサンド用に購入し、

  今日のスペシャルのパンで食べる予定だった。

  「どうせ独りでの御飯だが、、、」 しかし、きちんと食事を準備すると体調がすこぶる御機

  嫌が良い。「どう言う事ですか?」  「精神的なものでしょ!」 またハジマッタ、、、。

  購入した食材の値段の良し悪しでなくて「kokoro」が籠められてるかが問題です。

  「口」に入れるまでの所作に籠めれますか?「kokoro」、、、。

  「まさか!無理むり!」

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エマ・ワトソン & チャチャコ

                                     CHACHACO  by        kokorogu                              

                                   2011.3.10に撮影した【ちゃちゃこ】さんの【タワー3】での写真です。

                               

                                    EMMA WATSON by marie claire

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2011年3月 8日 (火)

OH ! CHACHACO ! BONJOUR MON COUSSIN !!!

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              BONJOUR MON COUSSIN   

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OH!CHACHACO !HAIRSTYLES.WO MEN’S FASHION.AND GET A FREE NYLON T-SHIRT!

                              2011.3.8に撮影した【ちゃちゃこ】さんの【タワー2】での写真です。

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2011年3月 7日 (月)

国際フォーラム

                      3月6日 日曜日 国際フォーラム 広場 アンテーク市場

                                          FHOTO BY CHACHACO

                                              クリック プリーズ !

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                                           FHOTO BY WAITROSE

2011年3月 6日 (日)

「断シャリ」でまたまた阿呆まるだしの朝に何を考える?

                    吉祥寺の「にじ画廊」で  「-RIKKOのたのしい音楽会-」

                                  CHANTER DES COMPTINES

       可愛いRIKKOさんに会えて楽しい1日だった3月1日火曜日の帰りに、、、。

      「ああ、みさと(娘)とRIKKOさんの個展みたかったな~♪」見たいなぶつぶつ、、、。

かえりにイツモノ2店で買い物をした。パネル2点、象さんのモノクロ1枚とお花のカラー

1枚。それと外人の画家の作品の「マリア」とどこかで見た作風の木材プレート各1枚。

                                          FHOTO  BY CHACHACO

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2011年3月 5日 (土)

「断しゃり」

  「断しゃり」は寿司屋のスラングかと思った。「断然!しゃりです!」みたいな、、。

小学校1年、2年の時に寿司屋に丁稚奉公してたちゃちゃこです。住み込みでは無く、学

校から帰宅してそのまま寿司屋に向かって作業をするのです。

きっかけ?は?何だろう?寿司好きなのかな?難しいが、「生きてる心地良さ」が感じられ

たのかな?でも、その寿司屋の隣が僕の好きな女の子の自宅だったからかな、、、。

でも、お茶羅家ていなかったし、この後もお話には登場しない。無理強いするとすれば、長

男誕生からおよそ4年後に長女誕生で向かえた命名にあたり、元妻は僕の提案の名前を

とらずに「みさと」を名前にした。僕は阿呆ですから彼女に告げました。

「それ、昔の好きな子の名前だ。」 「じゃあ、漢字変えるから大丈夫よ。」

「あなた海の町で生まれ育ったから、、」「海の里でみさとにしよ。海里ね!」   「はいな。」

こうして長女は「海里」になった。

一方の長男はだらしない本家筋にプレッシャーかけるために「喜右ェ門」なのだが、御先

祖は名前に「五郎」をつける決まりだが、戦後の成り行きが現代的な名前に変化して親戚

中探してもどこにも居ない。古風な名前は。

私も色んな事情から名前を頂いたが悔しい気持ちもあった。「何で?この名前?」

そこで、長男には生まれる前から本人に直接選んでもらおうと考えた。

ちゃちゃこは、面と向かって、おなかの本人に幾つかの候補名をあげて反応を見た。

すると、、。「、、、、」 「しんのすけ」 の2つが最も蹴りが大きい、、。「嫌いか?好きか?」

「嫌いなの?」静かです。   「すきなの?」  「どんどんどん!」  ホントは?

何度やっても「しんのすけ」で「好き」なんだと。ちなみに「クレヨン新ちゃん」はまだ放送

されてませんし、原作も漫画になってない。

古風ですが、この「長男」の同級生は「、、、次郎」や、「、、、のすけ」が多いことに驚く、、。

しかし、「クレヨン、、、」が始まると例によってオケツ出して真似してました。顔も似てる。

で寿司屋の件は、、。

最初は雑用ですね、寿司の折詰に添えるプラスチックのさかなに醤油を入れる作業を。

次がワサビ練です。雑用を終える頃に父が迎えに来てたかな?

営業には関わりませんけど、2年後には大事な干瓢の味付けまでと、玉子焼き、海苔の

焼き方を教わりました。これらは総て「寿司屋」の生命線です。本性です。

で、或る日帰宅すると店の引き戸に張り紙がして告知が延々と書き記してあって「閉店」

ですと、、、。遠くから僕を見つけた父が歩き近寄り「とおる、店閉めたんだよなあ、、、、。」

と一言言い放った。父も実に悲しそうだった。なんせこの寿司屋の御贔屓は父なのだ。

だから、その当時に僕がこの寿司屋に通い始めた頃は、たいそう喜んでいたと聞いた。

父の手土産は寿司屋の「干瓢まき」だったもの、、、。今また新たに思い返す、、、。

んだね、、。「うまかったなあ。」

そういえば、「しゃりっ!」 合わせ酢の作り方と炊飯は教えてくれなかった。ただ、切り込み

の仕方は教わったんです。こうやって宮島を斜めにして切り込んで「シャリ」に合わせ酢を

決め込む仕方なんですけど、教わった。僕は「寿司屋」になりたかった。

父に美味しい干瓢巻きを作りたかった。食べて欲しい気持ちです。当時のちゃちゃこ。

巷で「銀座、、、、えっ?」見たいな大家のお寿司屋さんもありますが、世間はひろくて他に

も名店は存在します。「どんなあ?」

ある「、、、」の家元の方とその当時お世話になってた方々と伺った先は「寿司屋」の

看板も「文字」もないお寿司屋さんでした。もちろん一見さんお断りです。

例によって「とある、、、の世界」の皆様が御贔屓なんですと、、、。

軽く食べて、(その前に食べてる)7人で26カン食べたんですね、、。お会計覗かせて貰っ

たら驚きでした。「、、お食事代金 17万5千円」 もち漢字ですよ、驚いたあ~!僕は2カン

食べました。はい。しんこと?なんだっけ?忘れた!記憶に残らない寿司です。

完全に僕の作り話と考えてもらった方がいいです。恐ろしい。

でまあ、おコメは美味しいに決まってるから銘柄に興味も湧きますよね自然と、ただ、僕も

農家の家ですから拘りはあります!はいっ!「じゃあ?何が言いたいの?」

僕が今でもこだわってるのは実は「じゃがいも」なんです!

農家だった頃の実家の隣の家の家畜が食べてた蒸かし芋が忘れられません!

いやあ~本当に美味かったんです。「ぶひぶひっ!」言って食べてた豚がわすれられませ

んからね、でその芋は時々御馳走にあずかった「カレーらいす」にゴソゴソ入ってたんで

す。恐ろしくうまかった。

  「断シャリ」は寿司屋の「断然シャリが命です!」で被せたかったけれどなあ、、、、、。

     落としどころが気になってアマリスキデナイノデスガ、、。

         追伸                クリックすると少しだけ横顔が見れました。

                                   おくゆかしいかんじです。

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娘がくれたわんこです。耳が小さければ似てる?んだんねっ!

   

    最愛の娘が離婚する時にくれたわんこです。毎日一緒に眠りにつくのだじょぃ!

                                    FHOTO BY CHACHACO

                               写真をクリックすると拡大でみれるじょっ!

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2011年3月 4日 (金)

「あんずさん!」

              インフル告知から4日目で、少し食事も摂取したい気分だ。

      クロコダイル仕様のPCキーボードもキラキラがなくなり普通の状態に見える。

沢山夢もみた。土手で堤超えのジャンプで落下したら、板を踏みつけて違和感を

感じて見たら、、。5寸釘が足甲をブチ抜いて5センチも「こにゃにゃちは!」した7歳。

「少年時代」を井上陽水と歌ったアホ夢。

「新月」を夢にしてる3月5日待ちの娘さんに看病されたが、仕舞いに殴られて更に

「夢」をみる羽目になったゆめ。

とりあえず洗濯が必定であったから2回まわして、更に床掃除と階段の拭き掃除をした。

程なくふらふらボデを労わる為に御飯炊事した。

スタミナ源のニンニクとブロコリをパスタにした。

フランスパンも吉祥寺の帰り新宿の「ル・プチメック」で2本買ったのに保存袋に収納

してなかったから「ごすごす」の状態にした。あ~あ。でも、ブロコ茹でてる時とリガトニを

茹でる時に鍋にのっけて加湿した。柔らかい状態になるから後は焼くだけだ。

一番にブロコを茹でて、その茹でお湯を捨てずにパスタをそのまま茹でる。すると、

旨味もパスタにしみる。18世紀のアイスランドの噴火の火山灰の影響でヨーロッパは

食料危機におち、なおかつ低温気候で暖房の材料である森林の伐採も急激になされた。

他に食塩の精製に材木も使われたのだが。野菜も問題になる。じゃがいもの活躍。

小麦粉の高騰で民衆は逼迫した。また、それに輪を掛けて焚き木にする木材の値段も

高騰した。ましてや、焚き木も買えない民衆で溢れかえってる。ジャガイモの認知。

小麦を買い、次に練った小麦をパンに出来ない。焼き上げる為の薪が無いのだ。そこ

で、、、。困った人々は各村に公設のパン釜を作りそこで各家庭の練り上げたパンを有料

で焼いてあげた。自然と数週間分のパンは大きくなり個数も陣取りのため少ない個数を

割り当てられた。後にこのパン焼き集団は街にでて「パン屋」さんにと姿をかえる。

で、パンはあっても食材も少ない。でその味付けにも事欠く始末になる。

味付けの「塩」の不足です。国も商人も貴族もその「塩」をめぐる紛争を巻き起こした。

生活の中で貴重な塩は、海岸線の国家、住民なら海水から入手できたが、内陸の

国家、住民はそれが大きな問題であった。肉や野菜につける味の基本材「食塩」は

大事な物でした。

パスタを茹でる際に「塩」の使用は尊くて粗末な使い方はできない。 「塩」の使い回しは「当

然」と料理家もよく言いますし、、。昔の料理びと?

その点からも味付けの「塩加減」は尊ばれた。多すぎると「不経済」。少ないと「不味い」

の「不器用な嫁」のレッテルです。「いい料理は女性が作る」的欧米はここが源流です。

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2011年3月 3日 (木)

朝ご飯のあと、、、。ウイルスが沢山いる部屋の午前5:32

               

                    豚の背脂を食べるグルメな人々。ウイルスが暮らす部屋。

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午前4:13はらへるさんまたくあんいんふるえんざ~♪

       着替えてたらはらへる。おこめとぐ。さんまやく。たくあんきる。5:00にあさごはん。

                                                                                                                                       A1_282

2011年3月 2日 (水)

RIKKOさんに会いに行く!

                        RIKKOさん?いるかな?3月1日 火曜日 於 吉祥寺

                                                                                                            130x175kao_2

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