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       今までの記憶のかけらの残像です。    小さすぎる私の心のシャッターですが、、、。

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2011年3月14日 (月)

報道

    「謎解きなのかしら、、、。」

そう考えると心当たりがあった。僕は当時19歳で西麻布のイタリア料理店

にいた。六本木も西麻布も静かな住宅地でした。確かに繁華街はあったも

のの、寂しく何の変哲もない地域でした。僕は休憩時間に店舗の横にあっ

た喫茶店「***」と言うコーヒーが大変美味しい店で過ごしてた。

そこには、綺麗で気さくな「お**さん」と言われて愛されてる女性の方がい

ました。

私の様な田舎ものにも良くしてくれてた。それから現在までの25年ほどは、

私の気ままな訪問にも優しく接してくれました。ずうずうしく常連面もしまし

た。未成年の僕はここで、今までに体験のしたことのない世界を知る事にな

る。当時のこの素敵な場所には実に様々の職業の方達が集っていました。

俗に「**Aどおり」と呼ばれてテレビ局の社員の方達が休憩のため訪れて

いました。大勢です。ここの店主さんは、田舎者の私に多くの御店の常連の

方達を紹介してくれた。

「紹介」といっても、この店主さんの心配りの賜物であったので「私」を紹介さ

れた相手側の方々は迷惑を感じたと思います。そして、その「**A」の社

員の方たちは本当に素敵な個性を持たれた方が沢山いたのです。

当時、この局は「ニュース**-***」を立ち上げる直前だったようです。

A.Yさんや。K.Hさんがメインパーソナリテーで司会をすると言う事で、世

間は大変な興味をもってテレビに釘付けにされるんです。その後、、、。

今もテレビで解説をするKさんは僕と同じ青森の出身の方でした。

何度かここで顔を逢わせても、このママさんの

「あれ?Kさん?バンビ君を紹介したっけ?」

なんて感じでした。そして、ある日、、、

夕方にその「れいの」でお茶をしてると物静かなロマンスグレーの眼鏡をか

けた紳士の方が入ってきた。例によって、ママさんの(独身ですがお子さん

は2人いた)明るい接客で、、。

「あっ!T****Eさん!珍しいわねっ!こんな時間に!」と声をかけてた。

クーラー前の常連客の人しか座れない端っこに腰を落として着席した。この

席には特別な意味があって新米の私には恐れ多い席だった。何度かこの

「席」に着席する数人の紳士の方たちの素性を知って驚くのですが、、、。

この方は当時の「***の****」をされてた。

 「あれ?Tさん!バンビ君知ってる?」

見たいな紹介から始まりました。

ある日に僕がこの「K」さんとお話してて、僕が読んでる小説に興味をもたれ

たみたいで、若造の僕に「何を読んでるの?」と質問された。僕は侍もので

す。と答えた。柴田錬三郎だったと思う。いや、藤沢周平かな?

すると「じゃあ、今度、いいのがあるから貸し手あげるよ、持ってくるから!」

と細い目をさらに細くしてキラリと笑って見せた。照れてる。僕は其れまでの

多くの大人の方たちに出会ってはいたが、この「れいの」に集う方たちは特

別で、本当に素敵な方が沢山いました。

その日々の中で、報道に携わる者のあり方をこの若造にもきちんと話してく

れた。その意味は絶えず「命がけ」で報道を考えて正面から立ち向かう「ジ

ャーナリスト」とはなんぜよ?であって、その方の部下の方達が絶えず論争

をされてたんです。

それは上司の人達が居てもいなくても行われてた。時には熱く論争論破で

あり、その人の哲学だったりしてたのですが、私には皆目検討の付かない

世界の話ばかりです。

あの方達の「お酒」の嗜み方を見せてもらった気がします。

修行僧のように、報道に身を没入する日々、、。

仕事後の飲食もけたはずれ。それでいて後輩思い。

おいしい飲食店に沢山連れて行ってくれた。毎夜遅い帰宅でしょうし、それ

ぞれの家庭の実情はいかんともし難いものでは、、、。こんな僕なの

に、、、。男にとって仕事とは?

失礼な言い方ですが、そこには「男」としての現実が存在してました。

歴史上の人物、特に戦国時代の人物像に憧れとを抱いてた私は、この「K

さん」に野武士」の様な、いやもっと上の戦国大名の印象を感じてました。

そんなある日の事、店主のママさんがこんな事を言い出した、、。

「あのね?Tさんが、バンビ君と御飯をね、」

「一緒になんて言ってるんだけど、、、。」

それを聞いた僕は「えっ?」 驚嘆です。

「***の***長」の「T」さんが?「うそでしょう?」「ううん。」

「教えて下さいって!」

「何を?」「いつがいいか。」、、、。

「T」さんは、約束どおりに歴史小説を持って来て下さった。

ただ、その「小説」は僕の手には不釣合いの物だった。ハードカバーのあき

らかに「全集物」だった。

「本当にいいんですか?」この阿呆丸出しの馬鹿台詞しか言えない若造

に、、、。

僕は自分のコンプレックスが「父親像」にあると考えていた。このブログで書

いた幼少期の思い出に「川で溺れかけた私を救った父が亡くなった話」は

事実と違う。助かった。

その時に「素直な自分」の心で瀕死の父に捧げた思いです。

「溺れた」は事実だが、実際の父は10数年前に肺癌で亡くなってる。

その「父親」には色んな感情があったが、「憧れの父」が1番適切で素直な

感情です。で、父以外に実に素晴らしい方達に出会いました。で、最たる人

です。

恐ろしく物静かで、かつ、笑顔が素敵な紳士、でも、時々は闊達にジョークを

いって笑い飛ばす素敵な「T]さん、、。「えっ?そういえば、、、。」

「うちの娘のMは、Mは性格が男みたいで!」なんて笑ってた気がする。

、、、笑ってた気がする、、。「きのせい?」   まさか?

その「T」さんの書棚には1冊抜けてる筈です、、。今も、、、、。

その後、数年ぶりで、「T」さんにお会いした時に「返却」してない事を伝えて

お詫びをしました。で「ああ?そうだっけ?」「あげるよ!」でも、悲しい目をし

てた。本当に、、

もし、僕の好きな「M」さんが?その方の娘さん?かも?「ええ?まさか?」

で、ここで、昔話を吐露して反応を見てみたい気がしたんです。

それは、「父の職業」を察せれたつぶやきでしたから、、、。

でも世間は狭いしな、、、。

当時の**「A」通りから近くの「明治屋」さんの裏にあるレストランで2人仲

良く食べたのが「T」さんの大好きなハンバーグでした。

「僕はハンバーグが大好きなんだ!」

「バンビ君と食べたかったんだ!」

笑顔ではにかむ細い目が眼鏡にあってました。

嗚呼!あの時に発奮して叫んだ人生は何処にいったのか?

「僕もこんな大人になりたい!」あの志は何処に置き忘れたのかなあ?

連夜の夜回り、、、。酒で体を壊しながら語る男たち、、、。奮起と絶望、、、

限界。

どんなに世の中が変わろうとも姿を変えない「真実」がある。

「どんな時も、どんな事に対しても命がけで進むべき、男ならば、、。」

「そうですよね!Tさん!」

「また、喫茶店にいきます。」

「出来ればもう1回ハンバーグご馳走して下さい!」

「貴女はハンバーグ作れますか?」

「ああ!なるほどっ。」      では、、。「いただきますっ!」

「Tさん!素敵なお嬢さんですねっ!」

「バシっ!」

「まさかね、、、。」

「まさか、、。」

これで、2人の「M」さんが登場したんだ、、、。

トラウマです。あと1人の「M」さんがいる。

「慶応のMさん」、、、。

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