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       今までの記憶のかけらの残像です。    小さすぎる私の心のシャッターですが、、、。

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2011年11月16日 (水)

海を望む丘から

あと何回、私は見送るのだろうか。

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私が生きてる間に去りゆく方の人生の証を目にするのでしょうか。持ち主のないそれ。

先程、あの人の遺影に別れを告げて間もないのに、もうこんなことをしています。

朝夕にお世話になるこの手の中の二本の棒です。私の指に絡められた冷たい金属。

私達が頻繁に使うこの棒でこれを大切に拾うのですね。ちいさい子供たちはあわれ。

日常の食卓の、本当に何気ない光景の中にしか存在しない物なのにね、、。

このような時も大事な役割を頂戴しているんですよね、

また、、再度、貴方の面影を忘れないように、消えないようにね、、上手でしょお?

こうして、手元の器に誘う作業を、、ああ、「もう結構ですよ。」

きっとまた、私達を任せられた係の男性に、その言葉で過去の記憶から呼び戻されるんだ。

今まさにその言葉を待ってる、。「、、その位は残ってもいいですよ、、、、、、、、。」 

その響きは死にたくなるくらいの標準語に成り切れない悲しい津軽弁でした。

それとですが、この時だけは妹が産まれた時の様子をも思い出します。父の時も、、、

その人の死を理解できない事で逃避する私です。その人の存在を甚振る非常識です。

孝行が出来なかった今の自分にけしかけてます。現実逃避を湧き起こさせる記憶です。

2人の妹の赤ん坊のすがた。末っ子は誕生の日に生まれて間もない姿を私、見てます。

自分も子供2人の産まれた姿を確認していて、何故か其の妹たちの産まれた時の光景に加

わりました。違和感もなくです。

それと、、愛娘の恵は生まれる前に悲劇に襲われた。

そんな信じがたい現実に悲しさと、怒りを感じ、そして私達家族に溶け込む愛おしい娘の記

憶に、そして、私だけが知る娘の小さい愛くるしい可愛いお顔、それを見届けた私だけが感

じる思い、それが生涯に渡って何度となく繰り広げられるその未来に怯えて涙したんです。

その事が繰り返されないように祈り続けてた日々を思い出してました。

今日、あの人を此処で送り出したことで、その光景にもつながってしまいました。

生まれて漸く、人生の始まりに辿り着いた事と、使命を終えて、その人生の名残が私にも語

りかけるように、諭してるかのように金属の棒はその都度に乾いた音を発しました。

私が穿いてる黒のズボンに微かな白墨のような名残の後が見えました。

あの人のそれの台に擦り寄ってたんです。

下半身全体にも、そして、太ももに感じる其の厳粛な台から熱気と、縁者のざわめき、

それが一度にいっぺんに朽ち果ててしまったそれから苦しすぎる程に伝わってきたので、

思わず半歩、慌てて後ずさりをしてしまいました。御免なさい。ごめんなさい。

「いくら欲しいのお、使ってまれば、まいねよお。」

田舎里の杉林の木陰に耐え忍んでいた老木のふきの葉っぱを根元からボキッと、折ってし

まった様な後悔が連続して私に迫りました。時々箸先から溢れてしまって、ああ、

なんて私はみっともないのだろう。

そして流れ出るような切なさの嘆息が、幾度と無くこみ上げてくるのを必死で我慢した。

心が鬻ぐのを感じて顔を上げると、喪服姿の身内の姿が、それはとても綺麗に、手並みの

いい業師によって気が付かないうちに並べられたかのような、カードを思い出させる

配列姿で作業を黙々としてました。

それはあたかも、これから旅立つ順番にも思われて悲しかった。私にはそう見えました。

向こう岸から、、、叔母さん、お姉さん、母の。従姉妹のお婆さん、父のお父様、、

病床から駆けつけた近所のおばあちゃん。は以前の間借りしてた店舗の家主だった人、、。

だけどもう、此処には来ることは無いでしょうし、、。絶対に無いです。明日も滞在します。

これから、数日は濃厚な日々が続きます。少しだけ、辛いです。そんだけですよね。。

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