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chachaco

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       今までの記憶のかけらの残像です。    小さすぎる私の心のシャッターですが、、、。

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2012年11月20日 (火)

新月と翡翠のしずく。。。

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photo by chachaco 2012・11・14    20:12pm

新月は朔とも言う。

不自然なほどに明るい満月に比べるとその光は柔らかで淡墨色でかぼそさがある。

どうしたことかこの季節の夜空はとても好きだけど悲しさも覚える。

きっとどこか遠くで親とはぐれた小鹿がないてる声が聞こえてきそうだからか。

その温もりも感じることが出来ずに生きてきたからだろうか、

それとも寒さがほっぺに心地よいせいだろか。

あまりにも慣れ親しんで忘れかけてた思い。

なんだろう、、リンゴは、この時期に感じるそれって怒ったように冷たくなる事とか。

誰だって疑いたくなるのは思いのほか冷蔵庫にでも入れたような冷たさ。

みたいな、、。いや違う、温もりのことだから。

子供の頃からお月様を見ては物思いにふけてたせいか、

ふと、見上げた夜空にお月さんがいなくて切なかった。

また、ススキのように老いぼれてへし折れてる僕の様そのことも。

真っ暗な道路に通る車がいないのを確認して車道ラインに入り込んで空をのぞいたら、

御屋根の向こう側、凍てついた空間にかまって欲しくないよなお月さんがたたずんでいた。

ほっ安心、何気なく見上げた夜空に月がない時の僕は喩えようもない痛みに襲われる。

そして不意に胸が締めつけられてしまう。

印画紙の中の子供時代の僕が困ったような顔をしている。

しくじっておやつがもらえない時のような感じだ。

そのツンとした小便くさい様な思いは大人になったちゃこの心に入り込んでくる。。

そうさな、、言い訳がましく、頑張っているのは僕だけだと自己中なものかもしれない。

母である貴方に叱られるかもしれないけれども、その苦しさは言葉に言い尽くし難い。

いえば甘えになるから。でも言えば簡単で、お母さん。一言。それを言いたいだけです。

それでも今は、そうしたことは確かに親孝行にも成りうるのであろうしと戯言もある。

貴方が怒るのは無理のないこと。それは承知だと自分も思っています。

きっと貴方はもっと大きな物を乗り越えてきたに違いない。

いつかそれを貴方の口から直接に聞いてみたい。

秋風が吹きつける頃になると思い出すひんやりとした背中の感触。

家族を待って背にした電柱が大きな丸太で出来ていた。

あの子供の頃の僕は毎晩小さな電柱の灯りの下にたたずんでいた。

誰もいない暗い家には入りたくないからだった。

飼っている柴犬のサブが見つめているのが分かるだけ。

その闇には何頭かの馬もいたが皆老人みたいだけどしわぶき一つもあげない。

いくら待っても誰も来る気配がないと、捨てられたかもしれないと我慢できずに向かう。

当時精肉店をしていた家族に会いに遠いけれど行ったりした。

月夜の晩は歩きながら目でお月さんを追いかける。

まるで憑き物にいじられているみたいに何度も繰り返して見える月を目で追いかけた。

ほらまたこうして、、。

それを大人になってもまだこの様に今でも、、。

それで最後はお友達に別れを告げるみたいに振り向いたりして眺める。

こんなトゲトゲしい気持ちを和らげてくれる。

「手をつないで帰りなさい。」

「えっ誰と手を?」

「もちろんお母さんとだよ、、。」

「えっ」

慌てて転びそうになりながら辺りを探して見たが母の手は見つからなかった。

いやいいんだ。

物言わない風情なのに最後までこうして空虚な気持ちを撫ぜてくれる。

執拗に求めて甘えてもいないのにしてくれる。

ようやく団子坂をふうふういいながら登った。

こんどは見えるだろうかと振り返ると坂の谷間にスカイツリーが見えた。

でもお月さんとは違う。

いつだってどんな時だって月に僕はいやされる。

そう、癒してくれてばっかりだけど、貴方もあの月も寂しい思いは全く無いのだろか、、。

そう、確かに親は忙しくてかまってくれなかった。

僕が一人で遊ぶには何をいわかんはないのだろう。

その点4人姉弟、妹らに囲まれていたからだろうと思う。

でも、一緒に遊んだことはあまりないけれど。

まるで磯にできた小さな水たまりに取り残された磯蟹みたいだった。

一人で遊ぶんだ。

そう、ちゃこ。に思い出がある。

しんと静まり返って両親がいないところを考えるとちょうど稲刈の季節だったと思う。

一歳前の僕は不在なのをいいことによく歩きまわって家の中を楽しんでいた。

ある日の事、、僕は両親の目の前で歩く姿を見せてしまった。

たまたまやりたいことがあったので、テレビのヘリにつかまりながら立ちあがった。

それを両親に初めて見せることに気がついておじけづいて縁につかまってみせた。

他人行儀。

その一部始終に親が気がついておどろいた。

あろうことかテレビのヘリに手をかけて僕がたとうとしているのを見つけた。

よいよ僕も一人で立ち上がるんだと驚きと喜びを言葉にした。

愚直に言うや単なる喜びの風情だけど。

僕はバツが悪くて心でつぶやいていた。

今日でなくても良かったかも知れない。

そして、それ以来遊び場の水たまりには自分以外の生き物は見当たらないでいる。

ぶくぶくっ.。o○○o。..。o○.。o○パツンッ。

知っています?あなたは、、、

さっきまで僕は夢のなかで神様に教えてもらった秘密を引き出して繋ぎあわせていた。

夢のなかの記憶というものはどれもこれも断片ばかりで辻褄が合うようにはいかない。

うん。

その中の景色さえまともに覚えていなかったりする。

そういえば人懐っこく話しかけてきた大勢の登場人物達。

なかでもとりわけ印象的なのは互いに交わす言葉が何語なのかわからない事。

未知の言葉で話し合うことに何の意味があるのだろう不思議なことだ。

それを操っている人間もそうだが、それをカタコトであるにもかかわらず翻訳して日本語に

変換する作業を必死に行なっている自分が夢のなかに登場する。

痺れをきたすような聞き覚えのない少年らの言葉に何故か癒されて、僕はその夢の世界

にしばらくいた。

僕が眠りから覚める直前に様々な事に決着がついたようだ。

どれ位だろうか。朝目覚めた僕はその余韻に耽けながら、

白白と明ける朝のまどろみのなかにいた。

そして、それに従うかのように月は日の光にのまれて、やがて区別もなくあっけないほど

朝の空の青色の中に清純に溶けて消えてしまった。

それを見届けた少し前には僕は違う思いにまどろみの中で声をなくしていました。

あなたと僕の前世の夢を見て真実を知りました。新月に感謝しました。

うっすらとした光ですが疑問に思ったそのおぼろげな思いのずうっと奥まで届きました。

それが二人のことだから死にたくなるほど嬉しい。

そういえば昨日はこの大きなオリーブの樹の前を僕は先に歩いて通り過ぎました。

少し遅れてあなたが歩いていました。

その幻に何度か問いかけて見たくて僕は振り返ったりした。

あなたのどんな思いなのだろうか。

あなたが放つ光のようなものを感じて受け止めて僕は黙々と歩き続けました。

僕は新月ではない昔からある呼び名の朔にその光を思う。

あなたの光を背中から浴びながらあそこに浮かぶお月さんをずうっと眺めたい。

昨日が朔。

月夜のよる秋風が迷子のように走り去った。

明かりが消えてひなびた風情の団子坂上。

骨董屋の廃屋の遥か上に、たなびく雲が月をかすめて一瞬きえそうになった時に、

またどこかで小鹿が泣くのが聞こえた様な気がした。

きっと今でもすぐに愛おしいひとの側に行きたいのだと思った。

小さな翡翠の雫がひとつ落ちたのだから、、。

その滴後を踏みしだいてまた歩を進める。

そうすれば寝床のある白山にある。

また会える。

あなたとあなたに。


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