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       今までの記憶のかけらの残像です。    小さすぎる私の心のシャッターですが、、、。

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2013年8月 9日 (金)

霊感はあるから幽霊はみる。UFOは信じないって。

父は銀行家の方を大事にした。なんて言うと、テレビドラマの半沢さんの影響かなとされる方も多いか。(なんちゃって!)ちゃうわい!便乗やろっちゅ~ねん!(笑)ハハハッ!ちゃこ。こう見えても大阪に住んでいたからエセ関西弁は出来るぅ。

じゃあ?お金借りやすく?親交か?いや、違う。
ヾ(´・ω・`)

色んな人と話したい。実は父も寂しがり屋だ。父は兄弟は沢山いるがお話し好きはいない、だからお話しを誰かと楽しみたい。また頑固で変わり者なのかと言うとそうではない。人に優しく思いやりに溢れていた面も沢山ある。そうした事が逆に弱点にもなっていた気もする。長くなるな、、やめよ。お世話好き。
あ!銀行勤務の皆さんとの親交かな?絡みは?(笑)父はバンカーに見返り無しでお付き合いした人で、子供の僕から見ていても立派だし面白かった。こんな経緯があった。父が実弟の、(弟は建設業を。)その弟の絡みで融資の保証人になった。が、弟から融資の申請がされていないにも関わらず信用金庫なる機関が父に弟の方から、融資の依頼がされている、父が保証人を引き受けるなら融資が可能です書類に実印をお願い。と、来た!その席に弟はいない!何故か?実は弟は信用金庫に融資の依頼なんかしていない!(怒)
言うけど!担当者が単独で融資の実績を挙げて成績をあげたいようだ。弟はその融資の話は、父が信用金庫に弟に対する融資の依頼をしてくれたと考えて、、。いや、実際は弟は融資の実行が成された直後に破産をして雲隠れした。(札幌に今も住んでいる。いつか父のけりをつける、もちろん信用金庫の担当者も。)覚悟を。
で、話は続き、父がお世話になってた地方銀行のA銀行の銀行の弁護士からなる弁護団がついてくれた。負債は?当時の金額で数億円、地方の精肉店の個人事業主には不可能だ。その裁判運良く、銀行の弁護団の実力と努力で、父は示談金を支払う形で終われた。(父は過去にあなたから沢山の金子をことあるごとにお借りしたの?ならば謝罪します。)当時の僕は結婚の結納をしたばかり。ある日、父が結婚に待ったをかけてきた。裁判をするが敗訴の場合は結婚は取り止めとなる雰囲気だった。それから暫くして連絡があり、父の苦労の末に結婚は出来たが、父の思いはどうだったのだろう?
父は余りにも子供達の結婚に莫大なお金を使った。(あなたが出したの?)
はっきり言って何の為何だろう?姉に僕に妹。四人。田舎の人があそこまでお金をかける必要はあったのかな?もし、もしも、あなたに恥ずかしい部分を見せたくない心情があっての事かな?例えば僕は青森の田舎者、見栄を張って結婚式をしたのは赤坂の今はなきホテル。もっともこれは単に可愛い子供達を産んでくれた彼女の希望だが。
父は招待した方達をそのホテルに宿泊させた。結果、式代金の倍ばいばいの数百万を払うことになった。実はこちらで薬局を手広く経営する親戚の後日談で話が出た。いや、父から直接聞いたのかもしれない。それを親戚から借りたのだ。困り果て来たらしい。僕はそうした父が負った負の遺産を無視して生きて来た。父はその負の遺産を背負って生きた。僕が甘い。父を頼った。しかし、僕は子供だから本当には父とそれを背負って一緒に頑張って生きたかった。小さな田舎の精肉店で肩を並べて焼き鳥したり、ハムをスライサーでカットしたり、は夢だった。
僕には幾つか節目があった。青森に帰るきっかけはあった。が父の反対で消えた。実際には僕が家族にお願いして青森に帰った事もある。実家の精肉店の建て直しにです。あの帰省が元気なままの父と会った最後になった。今となっては残念無念の極みです。その時は一ケ月ばかりの帰省になった。一日の終わりの風景は帰省の際に目にするいつもの父の光景です。小さな居間は静か。あっちのお袋さんは一足先に休んでいる。父はテレビをつけたまま横になって肩肘で頭を支えて目を閉じ、ステテコ姿で瞑想してるみたい。ある晩初めて父の足をマッサージした。僕は、部活のフェンシングではメンテナンスのマッサージも上手だった。呼ばれたら誰にでもよくした。先輩は男女にでも、奥さんだった女性には少しだけ。今は?だからね?お母さん?お母さんのことマッサージしてあげたい。夢ですけどね。一日の終わりに元気にしている今の間にです。少しだけの親孝行をさせてください。この間、お怒りでしょ?勝手ながら徹はこの世から消えました。しかし、ちゃこ。はまだ生きてます。これからはちゃこ。としてガンガン!コンサートにも行きますし、お花の束も綺麗なのを作りステージにお邪魔して手渡します。そうした関係に無いにしてもです。ファンとして見つめたいです。

で、父をマッサージした翌日、父がマッサージのリクエストをしてくれた。とても嬉しかった。僕はこのマッサージでもって父から青森に家族同伴で帰って生活するきっかけに成ることを願った。

しかし、残念ながら父とはそのあと二度とマッサージを父にする機会はなかった。けれども今では良い思い出になった。
ただのマッサージだけど大事にしたい時間だ。
父は事あるごとに、銀行の方の移動の度に歓迎会と送迎会、夏祭りや夏の夜の鮎漁などそうした父のおもてなしの事例が父と銀行家の関係が浅からぬものだったことが子供の僕にも理解出来ました。
家族に似た親愛の溢れるお付き合いだった。
きっと逆に皆さんが父を本当に可愛がって下さった。お家の中はお付き合いした皆さんとの思い出がいっぱいだった。
また大事にして下さったから父に来るお年賀の数が膨大だった。頂いた年賀状には形式的なものは一切なかった。片隅にさりげない文が溢れてた。何かあると必ず頂いた。転勤に栄転、懐かしさに津軽を訪ね、父を訪ねたが不在だった寂しさが書き留められ、、。
父はあなたには?
届けた想いは何でした?
いつか聞いてみたいです。あ、
その父は霊感はあったのだろうか?ハテハテ?
一度も聞いたことないのだ。UFO?
僕の霊感は誰から?
ハテハテ、、。
どうにもこうにもならないことばかり。
猛暑につき妄想暴走もうよそう。

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